HP制作 こころに太陽 Ⅱ 水の日

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水の日 

11年前の春分の日・・・もしくは、その直後の土曜日に、当時の白やぎの実家は、水道が復旧した。


残念な事に、正確な日付は覚えていないけれど、3月の20日~22日頃で、仕事が休みで自宅にいた日なので、春分の日か土曜日・・・だったと記憶している。



水道は使えなかったけれど、井戸が地震から2ヶ月以上もの間、我が家だけでなく、近隣の何十軒ものお宅の生活用水を支えてくれた。
一番近い給水所であった、小学校の校庭までは、国道を越えて、川を越えて、約1kmの道のりを行かなくてはならなかった。


阪神間の川といえば、そのほとんどが「天井川」。芦屋市内を流れる芦屋川などは、川の流や土手などが橋になっていて、その下をJRの線路が通過する・・・と言う、珍しい状態になっているほど。
川を越える事は、坂道を上がり下がりするということで、年配者の多かった実家近辺では、重たい水を持っての1kmの上がり下りは辛すぎる。



川も国道も越えなくて済む、我が家の井戸と、1本隔てたマンションの井戸・・・2つの井戸が地域の「命の水」になった。



井戸からは、長めのホースを伸ばして、手元のノズルのコックで、水を出せるようにしていた。


地震から数日経つと、玄関先に植木鉢ラックのような階段状の3段の台が置かれていた。
そこには、空の2ℓのペットボトルが数本置かれていて、張り紙もしてあった。

「入れ物の無い方は、お使い下さい」

ご近所のどなたかが、棚と空ボトルを置かれたようだった。
ペットボトルは、入れ替わり立ち代わり…取っ手が付いた物が、置かれた日もあったし、5ℓの小さいポリタンクが、5つも並べられていた日もあった。

タンクは、数日後に「助かりました。ありがとう」とのメモがつけられて、また、棚の上に返ってきた。




10日ほどたったある朝、かわいいキャラクターが描かれた、小さな缶が置かれていた。

「お水と善意は、喜んでいただきましょう。
 でも、井戸水をくみ上げるためのポンプには、電気代が必要です。
 感謝の気持ちは、この缶の中へ・・・」


これには、実家家族もびっくりした。

母が、午前中に何人かの方にお声をかけてみたところ、当時、毎日のように犬の散歩で私たち姉妹の誰かと会話を交わすことの多かったご婦人が、置いて下さったことが分かった。


「皆さんの感謝の気持ちですから・・・。でも、夜になったら、缶は家の中に入れてくださいね。」





いつの間にか、実家玄関前には、一日中誰かの姿があり、夜遅くには、帰宅したお父さん達がマイカーで乗り付けて、明日一日、家族が使うのに必要なだけの水を、まとめて汲みに来たりもした。


近所の年配者のために、学校が休みになったままの中高生や大学生が、一生懸命に水汲みをする姿にも出会った。


幼稚園くらいの小さな子供が、500mlのペットボトルに水を汲んで、大事に抱えて帰っていく姿にもであった。




ひとつの井戸に、たくさんの人がつながり、今までにはなかった人との会話が始まり・・・まさに「井戸端会議」の場となった。


近隣のライフラインの復旧状況、店舗の営業情報、ほかにもたくさんの情報や会話が、ひとつの井戸の周りで交わされた。





そして、3月の20日ころの昼下がり・・・「水戸市水道局」と縫い取りが入った制服姿の男性が、我が家の水道栓を開けに来て下さった。



数日前から、
「自宅の水道が使えるようになりました」
「今までありがとう」
そんなメッセージが、例の缶の中に入ったり、直接、家族の誰かに伝えたりしてくださる方があったので、近隣でも、水道が復旧しつつあることは知っていた。





「2ヶ月以上も・・・不便な生活を過ごされたのですね。よく頑張られましたね。お疲れ様でした。今日から、水道・・・使ってください。」そう言って、にっこりと微笑まれた水戸市水道局の方のように、たくさんの水道関係の方のお力で、ずたずたに引き裂かれた水道網は生き返った。





蛇口をひねれば水が出てくる・・・それは、決して「当たり前」なんかじゃない。
平和に思える今日の日にも、誰かの努力の上に成り立っている。



「当たり前じゃないこと」を「当たり前のこと」のように支えてくれる人がいる。
そのことに、感謝したい。


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コメント

水道や電気がつくのは当たり前。そんな風に思いがちになっていますよね・・・
電力会社に勤めている友達が、部署が変わりコールセンターに変わりました。
中には、クレーマーもいて。ことある事に苦情苦情・・
そんな電話の受け答えだけで、精神的にもボロボロになるようです。
いつも感謝の気持ちを忘れなければ、こういった人も減るんでしょうかね・・

震災で辛い思いをされた方々は沢山いたんでしょうが、震災によって人の優しさや感謝。気づかされる事も沢山あったんでしょうね

>hana♪さま

ライフラインの関係会社のコールセンターって、本来は「苦情係」ではなく「緊急通報係」ですよね?

以前「水道代が高すぎる!」って苦情の電話をかけた・・・って人を知っていますが、この人、台所で洗い物する時に、水を流しっぱなしにしていたんですよv-11  びっくりして「これじゃぁ、水道代も高くなるよ。水ももったいないよ」と声をかけたところ、「年寄りみたいなこと言って・・・」と・・・。v-390

まあ、その後、救急車で病院へ連れて行ってもらって「自宅まで送ってくれなかった」と文句を言った人( http://blog.so-net.ne.jp/shiroyagi-mama/2005-12-04-1 )なので、そういう性格なんでしょうけどね。半年以上、音信不通ですv-431

あの時。私が現地に行ったのは2日後。大阪では変わりない生活があって、その中で公衆トイレで水を汲みタンクを持った私たち兄弟が異様に写っていたことを思い出します。

両親の移り住んだマンションでは、道路を隔てた向かいのマンションの地下駐車場が給水所になっていました。下の方の階とはいえ、そこを水を汲んで往復するのは大変で。現地に何度か行ったものの、そこに住んでいるわけではなかった私はいつ水道などライフラインが復旧したのかさえ詳しくは知りません。

あの時、被災したわけではない私は、何も出来なかったけれど。
両親が今も健在であるのも、友人が誰一人欠けることなく生き抜いてくれたことも、色んなことに感謝しなくちゃなーって思います。

>ちょこたんさま

あの時は、本当に狭い範囲にひどい被害が集中しましたものね。
当時の私の仕事の相棒は、神戸市西区の人だったのですが、毎日、
自宅での生活は何も不自由が無く、買い物にも困らず、唯一、
通勤に時間がかかるようになった・・・って程度でした。
明石の同期は「お風呂に入りにおいで」と、誘ってくれました。


私は、1週間電話が通じずに・・・みんなに心配かけて、先日の花嫁さんのお兄さんが、自転車で安否確認に来てくださいましたっけ・・・。


あのね、自宅が無事で、家族が無事で・・・ちょこたんさんのように、
地元を離れていて、自分が震度7を経験していなくても・・・
友達も無事だったとしても・・・
思い出の場所、無くしたよね?
懐かしい景色、見られなくなったよね?


時間がたてば、景色は移り変わり、懐かしい風景も変わって行くものなんだけれど、わずか数十秒で・・・目の前の景色が変わる。
大事なものも、思い出の場所も・・・壊れていく。失くしてしまう…。

そういうのって、ある意味「精神的被災者」だと思っています。
なんかね、気持ちが落ち着く場所がなくなったのね。
今になれば、新しい生活があって、それはそれで良いんだけれど、
何だろう・・・心のどこかに穴が空いたような・・・分かっているのに、
あの地震で壊れてしまった街並みを、自分の中で探してしまう瞬間が、今でもあります。

だからと言って、立ち止まっていられないし・・・ね。



今度は(そんなの、無いほうが良いのはもちろんですが…)親として、子供を守らなくちゃいけない立場なので・・・。
最低限の備えはきちんとしている・・・つもり・・・なんだけど・・・v-337

エヘヘ、泣けるコメント、ありがとね。
なかなか口にすることも出来ず、夫すら理解してくれなかったことをすんなり受け入れてもらえると・やっぱり涙が出ちゃいますね。

あの時から2ヵ月後のじいちゃんの葬式の日から、一度も行ったことのない場所、私が25年間住んだ、慣れ親しんだ場所。すっかり変わってしまった事は分かっていても、いつかゆっくり訪れてみたいなって思ってます。

時々、おにい君の小学校の話題が出ると、その場所の景色が見えるようで。いつもとっても嬉しいんです。今の風景と昔の風景。比べながら、いつか、ママさんとお散歩してみたいなあ。

>ちょこたんさま

あの場所は・・・町内の区画自体は、あんまり変わってないかな?
建物は、今風のちょっとかわいい感じの家に変わったりしてるけど、
風の通り道は、昔の面影が残っているような気もします。


小学校の周辺はねぇ・・・私が住み始めて9年とちょっと経つけど・・・
別の街になったわ・・・^^;
思いっきり区画整理が入って・・・私でも「ほよ~っ!」って思う
くらいだもんv-14

私は、当分ここに住んでるからv-290
いつでも帰ってきてね。一緒に散歩して、お茶して・・・ねv-411

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